岡山地方裁判所 昭和61年(行ウ)6号 判決 1988年3月29日
原告
渋谷保治
右訴訟代理人弁護士
河原太郎
同
河原昭文
被告
岡山公共職業安定所長守屋肇
右指定代理人
八木良一
同
秋里光人
同
北村勲
同
赤枝京二
同
三上明道
同
橋本郁三
同
楠原昭
同
河合弘
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告が原告に対し昭和五九年八月二五日になした失業給付六七万三六七〇円の返還命令及び同月二日以降の失業給付日額六六七〇円の支給停止決定(以下「本件各処分」という。)はこれを取消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
主文と同旨
第二当事者の主張
一 請求原因
1 原告は、昭和五九年三月三一日、訴外リッカー株式会社を退職した後、同年四月一六日に岡山公共職業安定所(以下「安定所」という。)に出頭して求職申込を行い、雇用保険失業給付の受給資格の決定を受けた。そして、同年五月一〇日、被告に対し失業認定申告書を提出して同日失業の認定を受け、同年四月二三日から同年五月九日までの失業給付の基本手当一一万三三九〇円を受給した。更に、原告は、同年六月七日、七月五日、八月二日の各失業認定日においてそれぞれ同様に失業認定手続を行って、被告から基本手当各一八万六七六〇円(前記支給分と合計して六七万三六七〇円)の支給を受けた。
2 被告は、原告が会社役員(代表取締役)に就任していながらその届出をせず、右給付金を不正に受給したとの理由で、同年八月二五日に本件各処分を行い、右処分は同月二七日に原告に通知された。
3 原告は、同年九月七日岡山県雇用保険審査官へ本件各処分の審査請求を行なったが、同年一二月二七日に棄却され、右決定は同六〇年一月七日ころ原告に通知された。原告は、更に、同月二一日労働保険審査会へ再審査請求を行なったがこれも同六一年六月一一日に棄却され、同年六月二七日ころ通知された。
4 しかし、原告は、妻の訴外渋谷愛子(以下「愛子」という。)が化粧品の販売等を目的とする訴外カシー化粧品岡山販売株式会社(以下「訴外会社」という)を設立した際名目上の代表取締役となりその登記をしただけであって、訴外会社の代表取締役に就任したことはないから、その届出をしなくても右給付金を不正に受給したことにはならず、本件各処分は違法であって、取消されるべきである。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1ないし3の各事実は認める。
2 同4の事実中、原告が実質的に会社の代表取締役に就任していないとの点は否認し、その余は争う。
三 被告の主張――本件各処分の適法性
1 原告は、昭和五九年四月三日以降、訴外会社を設立してその代表取締役に就任し、現在に至っている。
なお、訴外会社設立に際し原告が代表取締役に就任した登記がなされており、また、原告は、設立時の発起人として、発行済株式総数一〇〇株のうち五四株(額面五万円で額面額合計二七〇万円)を引受けその筆頭株主になっている。
これらに鑑みると、原告は、前記各失業認定手続を行った当時、代表取締役として訴外会社と委任関係に立ち、報酬等の経済的利益の取得を期待しうる地位にあったというべきであるから、失業状態になかったことは明らかである。
2 原告は、請求原因1記載のとおりの経緯で雇用保険失業給付の基本手当の受給をなすに至ったものであるが、その間、昭和五九年四月一六日に受給資格の決定を受けた際に安定所において、会社や各種法人の役員になった場合には失業状態ではない旨の記載のある「雇用保険の失業給付受給資格者のしおり」(以下「しおり」という。)を受領したほか、同年五月一日被告が開催した雇用保険説明会に出席して、被告の部下職員である担当官から、しおりに基づき、失業の認定及び失業給付の手続等雇用保険制度全般について説明を受けた。
したがって、原告は、会社の役員に就任しながら基本手当の支給を受ければ不正受給になることを知っていた。
3 それにもかかわらず、原告は、請求原因1記載のとおり、被告に対して失業認定申告書を提出して失業の認定を受け昭和五九年四月二三日から同年八月一日までの基本手当合計六七万三六七〇円の支給を受けたのであるから、原告は、「偽りその他の不正の行為により」(雇用保険法三四条一項、三五条一項)右基本手当の支給を受けたことに該当するので、本件各処分は適法である。
四 被告の主張に対する認否
1 被告の主張1の事実中、原告の代表取締役就任の登記が存在することは認めるが、その余の事実はいずれも否認する。原告は愛子に名義を貸しただけで、右登記は名目上なされているにすぎず、実質的には原告は訴外会社の代表取締役に就任していない。即ち、昭和五九年四月三日、原告の妻渋谷愛子が、化粧品の販売等を目的とする訴外会社を設立したが、これは同人が個人営業として経営していた店を会社組織にしたものである。原告は、愛子から、男性が代表取締役である方が対外的に押しがきくからという理由で名を貸してほしいと頼まれたので、これに応じて代表取締役就任の登記をしたが、それは名目だけであって、原告は出資もしておらず、右会社の業務にも全然関与しておらず、報酬も受けていない。したがって、原告は、前記失業認定申告を行った当時はまさに失業の状態にあった。
2 同2の事実は認める。ただし、不正受給になるのは、実質的に役員に就任した場合に限られるものである。
3 同3は争う。右1のとおり原告は実際に失業していたのであるから、偽りその他不正の行為によって前記基本手当の支給を受けたとはいえない。
第三証拠関係(略)
理由
一 請求原因1ないし3の各事実及び被告の主張2の事実については、当事者間に争いがない。
二 そこで、本件各処分の適法性について(請求原因4及び被告の主張1について)判断する。
1 成立に争いのない(証拠略)、証人渋谷愛子の証言、原告本人尋問の結果(以上の証言、供述中後記措信しない部分を除く。)によれば、原告は、昭和五九年三月三一日にリッカー株式会社岡山支社を退職した後、同年四月三日に妻愛子とともにカシー化粧品岡山販売株式会社を設立することとし、その発起人になり発行株式一〇〇株のうち五四株を引受けて筆頭株主になり、設立後代表取締役に就任したこと、及び、本件失業給付受給当時も同地位にあったことを認めることができる。
2 ところで、原告は、右の代表取締役就任については、妻愛子が訴外会社を設立するにあたり、同女から名義を貸してほしい旨頼まれたため、名目上の代表取締役になったにすぎないもので、訴外会社の経営に何ら関与しておらず、また報酬等も全く得ていない旨主張供述し、成立に争いのない(証拠略)、前記証人渋谷愛子の証言中にも右主張に副う記載及び証言部分がある。
しかしながら前記各証拠によると、
(一) 原告は、訴外会社設立にあたり、その相談のため同女と一緒に会計事務所に赴いていること、また、愛子が訴外会社の設立手続をなすに際し、これに使用させる目的で、自分の実印を同女に貸して使用させていること、
(二) その結果訴外会社設立にあたり、原告を発起人、株式引受人、代表取締役として設立手続がなされ各書類が作成されたうえ最終的には原告が代表取締役に就任した旨の登記が経由されていること、そして、原告は、自分が代表取締役として登記されることを承諾しており、本訴提起後も、右登記は原告らによって抹消等されていないこと、(以上のうち、原告が訴外会社の代表取締役として登記されていることは争いがない。)
(三) 原告は前記リッカー株式会社岡山支社退職の際退職金として約一六〇〇万円を得ていたが、訴外会社設立のために、右退職金から、愛子の引受分も含み、ほぼ発行予定の株式全部の引受に伴う出資金として五〇〇万円を拠出し、更に訴外会社の事務所賃貸費用や、店舗改装費用を含む合計約一〇〇〇万円近くを出捐していること、そして、右の出捐に対し、愛子から全く返還を受けておらず、利息の支払も受けていないこと、
(四) 原告は、訴外会社の従業員を募集するための求人票を職業安定所に提出するに際し、自らこれを記入、作成していること、(原告は右求人票である乙第一〇号証の一につき自ら作成したものではない旨供述するが、原告本人尋問の結果により原告自ら作成したことが明らかである乙第二号証の書面の筆跡、及び、原告本人尋問調書添付の原告記載の筆跡対照用書面の筆跡から、乙第一〇号証の一は原告自身の作成によることが明らかと認められる。)
また、訴外会社が手形を発行するについても、「訴外会社代表取締役原告」名で手形を振出していること、
以上の各事実を認めることができ、これに原告と愛子が夫婦であることを合わせ考慮すると、訴外会社における原告の地位は単なる名義上だけのものとはいえず、実質的に訴外会社と委任関係に立つ役員の地位にあったもので、また自ら積極的に対外活動をなし、会社の業務につき責任を負うべき立場にあったものということができる。したがって、前記1認定のとおり、原告が訴外会社の代表取締役の地位にあった事実を肯認することができ、これに反する前記原告本人の供述及び証人渋谷愛子の証言等は措信することができないし、仮に原告が訴外会社から役員報酬を受けていないとしても、それをもって右認定を左右するに足りるものとはいえず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。
よって原告は、訴外会社の代表取締役として同社と委任関係に立ち報酬等の経済的利益の取得を期待しうる地位にあったものであるから、前記失業認定手続当時、原告が失業状態になかったことは明らかである。
3 以上によると、原告は「偽りその他不正の行為により」本件基本手当の支給を受けたことに該当することが明らかであるから本件各処分は適法である。
二 よって、原告の本件請求は理由がないからこれを棄却することにし、訴訟費用につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 笠井達也 裁判官 郷俊介 裁判官 登石郁朗)